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愛犬の母性は不思議切なくて偽妊娠という子育て行動
ルナは最近、食欲減退なんだかだるそうにしている。
吐いたりもする。飼い主としては心配で体調を観察していた。
この暑さのせいかなと思っていたが、そうではないらしい。
ルナはヒートから2~3ヶ月過ぎた頃から、ぬいぐるみを抱えて子育て行動をするようになった。キュ~ン、キュ~ンと甘えた鳴き声を発する。お腹も固くて腫れた感じがする。
こんな症状を疑似妊娠というらしい。
妊娠、出産、子育てと同じ行動をする。病気ではないので見守るしかない。
こんな行動が長く続く犬は、飼い主に大事にされている幸せなわんこに多いと聞く。
ルナ、甘やかしてるからなあ~
こんな様子をみていると、一度は子供を、とも思うけれど・・・・・
後のことを考えるとそう簡単ではないし・・・・
避妊手術をするべきかも、とも思う。病気のリスクを無くすことが出来るというしね・・・。
君のためにいろいろ思う暑い夏。
一度獣医さんに相談してみようか。
満月の光を浴びて体内にパワー満タン酷暑の日々に
今夜は満月、空を見上げると薄い雲の間からまあるい月が顔を出す。
酷暑の日々も、しばし涼やかな気分にしてくれる。
夜の風が少しだけ涼しく感じる。
月の満ち欠けって、わたしたちの心身に関係あるようだ。
満月に近くなると心身は元気になるようだ、その逆の時はちょっと気持ちに余裕を持って行動した方がいいと、誰かが言ったのを思い出す。
トラちゃんも暑いけれど元気、涼しい場所を探してこんな所に。
「ルナも入りたいワン!」
「ダメ!暑いから来るニャ」
「ルナのボール貸してあげるから、入れて」
「ダメ!狭いし暑いし、ボールだけゲットニャハハ」
トラちゃんの方が強い、さすが男の子。
ルナはやさしい女の子(本気になると強いのだ)。
満月の夜は我が家のワンニャンは、元気なのです。
思い出は祖父といた夏暗闇にお化けが住むと信じたあの夜
蒸し暑い夏の夜には、思い出す。
子供の昔、記憶の中にいる祖父は、元気でたくましくてちょっと怖い存在だった。
初孫であるわたしは、目に入れても痛くない存在だったようだ。
小さい頃は、ほとんど祖父と一緒に居た気がする。
厳格な祖父は、家族の中では恐れられていたらしいが、私には甘い祖父だった。
暑くて眠れない夜、祖父はいろんな怖い話をした。なお眠れなくなるだろうに。
幽霊を見たお話、化け猫のお話とか、言うことを聞かない子供は怖い「子取りばあさん」に連れ去られるとか・・・・・真夜中のお墓には・・(怖い~)
小さい私は怖くて怖くてじいちゃんにしがみつくようにして眠ったものだ。
そんなことを想う夜。
「化け猫トラだにゃ~~~~~」
「キャア~トラちゃんが化け猫に変身だ」
「ガウ~ 妖怪犬ルナだ~ワン~~~~」
「キャア~我が家にお化けが住んでいたとは」
今夜も暑い夜になりそうだ
朝夕に高い空から届きます残暑の日々に季節の便り
朝、ふと感じる涼風の匂いにかすかな秋の気配。
空ゆく雲は夏の雲と秋の雲がすれ違うよう、いにしえ人は、そんな空を「ゆきあひの空」と言った。
そんな朝夕の「ゆきあひの空」を眺めていると、空の色、雲の形、空気感にあいまいな季節を感じる。
とはいえ、日中はまだまだ夏真っ盛り。
朝夕、我が家の庭ではワンコたちが、遊ぶ。
毛皮族は、この夏の異常な?暑さにぐったり~だけれど元気に遊ぶ姿にほっとする。
庭の木から、蝉の鳴く声が聞こえくる。
けれど、もう長くは鳴いてくれないない、短い一生を精いっぱい生きた蝉たち。
夏の元気をありがとう!
菜園の菜っ葉も、日よけのテントの中で元気に緑濃くしている。
ここにも夏の元気の元が育っている。
昨年は、この手水鉢にはスイレンが咲き、赤い金魚がひらひら泳いでいた。
ある日の朝、カラスに襲われて金魚は死んだ。スイレンは引っこ抜かれた。
ショックで、金魚はもう飼えない。
けれど、水を張って涼を感じることは出来る。
スイレンの水中花?と亀さんの置き物、遊び心を満足させる。
マグさん、それは造花なんだけど。
「クンクン」
水飲み場でもないんだけど。
「グビグビうまいワン!
」
我が家のなにげない朝のひと時。
さりげない日々の流れに歌ありて駆け抜けた生遺された歌
12日歌人河野裕子さんが、乳がんのため亡くなった。
64歳早すぎる死である。
23歳で角川短歌賞を受賞、以来40年近く歌人として輝き続けた。
心に残る歌を数首掲載したい。
逆立ちしておまへがおれを眺めてたたった一度きりのあの夏のこと
ブラウスの中まで明るき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり
たっぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり
青春賛歌だ。
ぽぽぽぽと秋の雲浮き子らはどこか遠くへ遊びに行けり
母となって、日々の流れの中でなにげないヒトコマ、優しさにあふれる。
この世にはこの世の時間があるばかり風花に濡れて治療より帰る
生きてゆくとことんまでを生き抜いてそれから先は君に任せる
俺より先に死ぬなと言ひながら疲れて眠れり靴下はいたまま
12年からは闘病の歌が増える。
夫は歌人の永田和宏氏、最後まで彼女を支え続けた。
草いきれむせる香りを吸い込んで小さな命きらめいて夏
昨日、墓参の帰り道、あまりに暑そうなルナのため水場を探した。
夏野の続くその場所に、冷たくて透明な水が流れる水場がある。
前にも来たことがある。ルナはちゃんと覚えていて嬉しそうに先を歩いて行く。
蒸し暑くて、思わず飛び込みたくなるわたしでした。
しばらく水遊びに連れ出さなかったルナは大喜び。
早速バシャバシャ、スイスイ久しぶりだものね。
ここは、ハグロトンボがいっぱいいる場所。
(見えるかな?羽が黒くて胴体は鮮やかなブルー)
ハグロトンボがひらひら群れ飛ぶ中に、アゲハチョウが突然ひらひら~
で、パチリ!撮影させてもらった。
最近あまり見かけなくなったなあ~いなくなるまでしばらく観賞させてもらった。
「ルナの水泳シーン、飽きた?かな」
「でも、少しは涼しさ感じてもらえたら嬉しいワン!
この黄色のボール川に流してしまったルナ。
流れのある場所はまだまだ怖いのかな、流れるボールに追いつけなかった。
もっともっと泳ぎは特訓が必要だネ!
今度は、ピンクのボール、しっかり咥えています。
とうさんに特訓してもらわなくては。
ルナの夏は、まだまだこれから
って、連れて行くのが大変なんだけど
盂蘭盆会墓前に佇てば亡き人の気配優しく千の風吹く
朝晩吹く風が少しだけ涼しくて、かすかな変化に季節の移ろいを感じる。
月遅れのお盆、暑さもまだまだ厳しい頃だ。
いつもは静かな墓所もきれいなお花に彩られ、久しぶりに帰省した人たち、家族連れで賑やか、静かに手を合わす姿がある。
御先祖様とどんな会話を交わしているのでしょう。
お盆の風景、毎年繰り返される日本の夏の大切な行事だと思う。
わたしも、そっと手を合わせ目を閉じる、逝きし人たちの声が聞こえる気がした。
13日は、祖霊がうちへと帰ってくる日。
そして16日には、再び天へと帰って行く。
仏様は、キュウリの馬に乗って俊足で帰ってこられる。
帰りは茄子の牛の乗ってゆっくりと帰って行くのです。
良いお盆を!
一冊の本が誘(いざな)う夏のゆめひとり旅する白い行間
立秋も過ぎ、暦の上では秋ですね。
まだまだ残暑は厳しそう~。
残暑お見舞い申し上げます。
最近読み終えた本、三冊。
「交番の夜」
名取佐和子著 企画・リンダパブリッシャーズ 発行・泰文堂
その交番に勤務するひとりの婦警、リョウヒロこと了津寛子巡査。
長身、丸い顔、もふもふのカーリーヘアー、ちょっと変わったお巡りさんではある。
住民のことならすべて把握している。
そこには、夜ごと、生きることに疲れた、人生に迷った人が訪れる。
リョウヒロさんは、その様々な悩み「本当の悩み」を解決するのです。
第1夜 師走の花火
第2夜 弥生きょうだい
第3夜 さよなら、水無月
泣けます。こんなお巡りさんがいたらいいなあ。
「絶叫委員会」
穂村 弘 著 筑摩書房
歌人でもある穂村さんの「名言集」。
彼の言う「偶然性による結果的ポエム」についての考察なのだ。
町には偶然生まれては消えてゆく無数の詩が溢れている。
不合理でナンセンスで真剣で可笑しい、天使的な言葉たちについての考察。
ふふっと笑える言葉達です。
「絵本処方箋」
落合景子著 朝日新聞出版
絵本は、子供のとき、初めて出会う本。
心が疲れたら絵本の世界に旅をして見るのもいい。
疲れた大人に、あなたに見てほしい景色があるのです絵本には。
絵本は、年齢制限なし!なのです。
今日のトラちゃん。
いないと思ったらこんな所に・・・。
こんな所に居たの?
ここはどこでしょう?
お風呂でした。
「冷たくて気持ちいいにゃ~」
「そうですか」
真夏日もディスカス泳ぐゆらゆらと我もゆらゆらシュールな時間
暑すぎる日々が続きます。
クーラー嫌いの私も、この夏は、毎日クーラーのお世話になっている。
そのためか、喉が痛くなって、鼻水が・・・夏風邪?
でも、今年はゴーヤジュースのおかげかも、ひどくならずに完治したみたいだ。
ルナもトラもぐったり暑いだろうなあ。毛皮族は。
そんな毎日に涼しさをくれる我が家のディスカスたち、ゆらゆら泳ぐ姿は美しい。
皆様にちょっとだけ涼をお届けです。
涼しくなりました?
お日様の恵みを受けて夏野菜食せばうまし太陽の味
菜園に一本植えた苗木に、メロンが三個ほど、こんなに大きく育っている。
お味はどうなのかな?
もう少し成長するのかなあ~
取りあえずもう少し成長を見守ることにしよう。
トマトも次々と、こんなに大きく赤くなっている。
かじれば、確かに太陽の味がする。
ゴーヤの緑のカーテンが涼しそう。
食べきれないほどのゴーヤが育っている。
チャンプル、サラダ、ジュースにと、夏の元気の元になっている。
キューり、茄子、ピーマン、パプリカも、色美しく食卓を彩る。
毎日飲んでいるゴーヤジュースは、思ったより美味しい。
柑橘系のジュースを入れるとさっぱりして、美味しくなるようだ。
牛乳を入れるとルナが喜んで飲むけれど、少しだけだよ。
自然の恵みに感謝!
「美味しそうだニャアー」
「トラちゃんはダメ!」
そんなお顔で見てもダメ!
幻の花に出会った画家のよう美にひれ伏すは未知の感動
(幻の花・ブルーポピー 2001)
八十一歳の時、青い罌栗(けし)、ブルーポピーを求めてヒマラヤへ旅をしました。
岩場で足を踏み外しそうになったり、ボンベで酸素吸入したりしながら、やっと探し当てた瞬間を忘れません。標高四千五百メートルのガレ場の岩陰で出会った、全身を鋭いとげで武装した草丈二十センチほどのブルーポピーの青い花。生き物の存在を拒絶されたような厳しい環境の中で咲くこの花は、氷河期の生物か宇宙からの使者のように思え、易々と描く気にはなれませんでした。(・・・堀文子・・・)
堀文子の言葉 ひとりで生きる 求龍堂
人生の大先輩である日本画家堀文子の言葉の数々を収録したもの。
凛として厳しく、勇気をもらえる言葉たちです。一部を紹介です。
肩書きを求めず、ただ一度の一生を美にひれ伏す、何者でもない者として送ることを志してきた。
反省なんかしないで、自分のことを「バカッ!」って叱るのが一番。
バカでいたくなければ、自分で何とかするでしょう。
泥水をかきまわし、その混沌のなかから顔を出すようにしていつも私の絵は生まれてきた。人は必ずその絵の意図や説明を聞きたがるが、「こうなってしまった」と答えるしかない。私の作品には主張や意図もない。
自力で生き抜いてきた名もなき雑草たちの姿には、無駄な飾りがない。生きる為の最小限の道具だてが、侵し難い気迫となって私の心をうつのだ。
(空飛ぶ妖怪(ナスカ) 2009 )
九十の齢を迎えた今、逆らうことを忘れ、成り行きのままに生きる安らぎの時が、いつの間にかきたようだ。
私は、堀さんのように、ひとりでは生きられないけれど、自然に対する未知の感動がある限り優しくなれる、強くなれる気がする。歳を重ねることは、未知の感動に出会うことかもしれない。
「青い鳥は自分の中にいる。息の絶えるまで感動していたい。一生は一回しかないんですよ」
堀文子さんの言葉が、響きます。
(左・青い鳥を運ぶブルカのマドンナ 2002)
(右・アフガンの王女 2003)
絵は通訳なしに時空を超えて人の感性と交信することができ、その働きは自由この上ない。
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