~巣立った雛が~
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雨上がり川面に浮いた白い泡ゆるり流れてはかなく消えた
雨上がりの川は、増水していて、いつもより流れが速い。
白い泡が、浮かんでは消えながら流れて行く。
讃岐富士を遠景にして、夕暮れていく景色は美しい。
ルナは、やはり白い泡が次々と流れているのが、不思議でしょうがない。今日も恐る恐る足を水につけてみる。「深そうだなあ~ちょっと怖いワン!」
「梅雨明けまで泳ぎは無理だよ、ルナ」
今日も、蒸し暑い日だったけれど雨上がりの河原はいつもと景色が違って見えた。
川面を渡る風が涼しくて、水の流れる音が耳に心地よかった。
流れゆくゆかしき想い少しでも永く留まれようたかたの時
Rhyme(らいむ)さんよりいただいたお歌です
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愛すべき小さな存在大きくて寄り添い生きる日々は楽しき
アクティブ犬、ルナは、走るのは得意、ボールを投げれば、ボールの方向を察知して走り出す(投げる前に)。ボールの着地点の半分くらいは走っている。ボールと同じ速さ?かと思うくらいの速さでボールを取って来るのだ。
これを何回も繰り返す。どうりで立派になった脚、筋肉がついて逞しくなった。
こんなルナでも、お疲れポーズ、草むらにお腹をぺったりくっつけている。
「ちょっと一休みだワン!」
ハア、ハアしている。でもボールは離さない。
最近ルナは、乳歯が抜け出した。
歯がぐらぐらして、骨ガムを噛んでいるとポロリと抜け落ちる。大人の歯に生え代わっていくのだね。
なんだか、ボール銜えにくそうだ。
ちょっと休憩すると、又元気いっぱい。「遊んでワン!」
わたしは、もう、疲れたよ。
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巡りくる季節の中でつばくらめ命育む夏は来にけり
毎年やってくる燕さん、今年も子育てに大忙しだ。
我が家の、軒先で、毎年同じ巣を使用、自分たちで少し補修をして使っているようだ。
新居ではないけれど、居心地がいいのかな。
新しく作るよりは、かなり親燕にとっては楽なのかもしれない。
今は、無事雛が誕生して、親燕さんは、子育て真っ最中、何度も何度も餌を運んでいる。
大きなお口をいっぱいに開けて、餌をねだる姿は、毎年のことながらかわいくて、見飽きない。
今年は、邪魔しないように、撮影も遠慮していたが、親燕さんの外出中に、すばやく撮影させてもらった。
かなりボケボケなのです、ご勘弁のほど。(次回にはきれいな写真を・・・)
新しい命が無事、巣立ってくれるまで見守っているよ。
ルナも燕のSP犬?がんばってよ!
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何ゆえに夜のしじまに本めくる未知の世界にひとり旅する
ルナとの散歩コース途中に「BOOK MARKET」がある。
私は、時々、このお店を覗いてみる。
本は、訪れる度に少しづつ入れ替わっている。
ルナを外に待たしてあるので長くは居られないが、興味のある本を見つけると即購入してしまう。
本日の買い入れ価格は3冊で1500円也
「親の家を片づけながら」リディアム・フレム著・友重山桃(ともしげゆら)訳・ヴィレッジブックス
「歩く源氏物語」瀬戸内寂聴著・講談社
「旅する人」魂の休み場所を探して・立松和平著・文芸社
こうやって、本は増えていく。そして睡眠時間は短くなる。
夜、ルナは、ぐっすり眠って起きない![]()
睡眠不足なんて言葉はルナの辞書?にはないのだワン!。
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雨上がり空の青さに吸い込まれ心は軽く足取り軽く
雨上がりの河原は、シャワーを浴びたようにきれいだ。
青い青い空には、白い飛行機雲が長く延びる。
こんな日は、鳥になりたい、思いっきり空を飛んでみたいと思う。
昨日の雨で、河原も増水していた。水がきらきらしながら流れていた。
近づくと水の流れる音が、耳に心地よく響く。
川は、空の色を映して透き通る。小石がごろごろしているのがくっきりと見える。
同じ小石なのに、色も形も同じものはないのだなあ。
そんなことに感心してしまうわたし。
ルナもやっと散歩に来られてご機嫌だ。
鳩が三羽降りたって何か餌を食べているよう、ルナはそれを珍しそうにじっと眺めている。
初めて見る鳩なんだ。吠えようともせず、しばらく立ち止まっていた。
鳩もかなり側に近づくまで飛ばない。
やがて、ルナが鳩をめがけて駆け出した、と同時に、鳩さん飛び立ってしまった。
さわやかな、風景の中を歩く、それだけでシアワセ。
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肌寒き河原歩けば雨上がり野良犬2匹寄り添いており
雨上がりの肌寒い昼下がり、ルナをいつもの河原へと連れて行った。
野良犬が7~8匹は、この辺りに住んでいる。
いつも夕方になると、誰かが餌を持ってやってくるようだ。
今日は、おじさんがビニール袋に何かを入れて持ってきた。
すると、どこからか野良ちゃんたちが現れる。
そうか、何人かが交代で餌を運んでいるのだ。
それでこんなに丸々と太って悠然としているのだ。人を恐れない。
ここでは、保険所に通報なんてする人なんていないのだ。
病気は、少し気になるけれど、野良ちゃんたちは、自由にこの広い場所で暮らしているのだね。(上の写真・野良ちゃんが二匹仲良く寄り添って座っていた、いつまでも・・・。)
それはそれで、幸せな犬生かもしれないな。
そんなことを想った今日の散歩だった。
ルナが点に見える^^。
かなり自由な生活だね。ルナも幸せな犬生?
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こんなにも美しいから魂の自然賛歌か描くということ
印象派の巨匠・ピサロ展を観に行った。
フランスの田園風景とそこで働く人々の姿をあるがままに描いた画家カミーユ・ピサロ(1830~1903)19世紀後半に活躍した印象派グループの中心的な画家の一人。
人も動物も自然と同化したような、そんな風景、大地の画家だ。
画家の8人の子供たちのうち5人までもが画家という。
ピサロ家の画家たちの作品と、其の仲間たちの珠玉の作品、約90点が展示されていた。
その中で、わたしの好きな絵を一枚見つけた。
これは、新印象主義の画家・ピサロの長男・リュシアンの作品「妖精」・1894年に描かれたものだ。
じっと眺めていると、なんだかお伽噺の世界に踏み入ったみたいだ。
光の中に浮かぶ家、そこにふわりと現れた妖精の姿が印象的、夢の中の風景がそこにあった。
自分の感性に響く絵に出会うって嬉しいですね。
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巡りくる季節の中に生きている白馬とともに旅終えるまで
東山魁夷の画集、白馬幻想(心の風景より)を時々静かに眺めるのが好きだ。
画家の静謐という言葉がぴったりな四季折々の美しい風景の中、その中のどこかに必ず居る白馬、風景の一部として・・・・。
画家の詩情溢れる文と画の世界に浸ってこころのお洗濯。
白い馬はどこから来てどこへ行こうとしているのか?
描くことこと自体が祈りであると考えている私にとって、それは、私の切実なる心の祈りとでも言えようか。しかし、ここから先は、私自身に問うよりは、見る人の心のまかせたほうがよいと思う。「東山魁夷」
再び春は巡ろうとしている。
再びあなたは帰らないであろう。
確かな季節の巡りの中で人は生きそしてどこへ行くのでしょうか。
ものみな生き生きと輝く五月に想う。
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水鏡青葉映して風薫る季の巡りのその確かさよ
何日かぶりに、ルナを連れて、森林公園を散歩。
陽ざしは夏のもの、早足で歩くと汗ばんでくる。
緑陰がうれしい。涼しくて気持ち良い。
風景が、数日で一変していた。
池の水の色が木々の青葉を映して揺らめいて深緑に染まっていた。
自然はセラピスト、生き生きとした風景は、わたしを元気にしてくれた。
リードを外してもらって、ルナは行動開始。
クンクン。
ルナは、ここへ来ると元気いっぱい、松かさに匂いをつけて投げてやると鼻をクンクンさせながら、どこまでも探して走る、走る。さすがジャックラッセルT、疲れ知らずだ。
落ち葉の中から見つけて、得意そうに銜えて上って来る。
まあるくなって寝ていた子犬が、ずいぶんと逞しくなったものだ。
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